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たんに、「原発推進派ざまあ見ろ」っていうことでしょ。
じゃあ原発がなくなったらどうなってほしいという社会に対するビジョンはある
のかというと、やっぱりある人とない人とがいる。
ない人というのは、原発を仮想敵にしてるだけだと思うんだ。
何かことあるごとに反対意見を言う人とか、文字通り相手を論破するためだけに
意見を言う人っているんだよね。
論破どころか話の腰を折るためだけに頭を使ってる人とか。
一方には、バカみたいに理想を追い求める人がいるわけだけど、やっぱりほんと
うに「考える」「頭を使う」っていうのは、理想を前提とすることだと思う。
原発の一番大事なことは、たった一度で破局をもたらしうるということで、それ
に対抗するためには、完全な「未然」の論理をこっちが作り出さなければならない。
事が起きて、修正するというのがいまの人間の考え方の基本的なモードなんだけど、
何も起きていない今を素晴らしいことだと思うにはどうしたらいいか。今日一日だ
って、交通事故で死ぬことだってありえたし、心臓マヒで死ぬこともありえた。何
かの事故に巻き込まれて、半身不随になることだってありえた。そういういくつも
の悪い可能性がすべて未然に終わった一日を心から感謝する思想をどうやれば自分
の中で定着させて、熟成させることができるのか。
だから考える順番としては、まずは理想があって、そこから少しずつ分化させた
り、レベルを下げていって、何段目かにようやく自分の幸せのことになる。
そういうことだと思うんだよね。
"WEB限定連載 考える練習 <保坂和志> (via yellowblog)
(ryooooから)